次に目を醒ましたとき、私は見慣れぬ部屋に、横たわっていた。
起き上がると、横から声がした。

「あら、お気づきになられました?」
「…誰?」
「私は桜と申します。貴女様がこの屋敷の前に倒れているところを、 ちょうどお帰りになられた鷹道様がお助けになられ、ここに運び込まれました。 お加減はいかがです?」
「…」


どのくらい、私は眠っていたのだろうか。
そもそもここは一体どこなのだろう。


「えぇと・・・桜さん、ここはどこですか?」
「藤原の屋敷にございます。主より貴方様に付いているよう申されております。 何なりとお申し付けくださいませ」
「はぁ・・・」

私、ジーンズのまま寝てたんだ。
居心地悪いはずだよ・・・。
早く家に帰って着替えたいなぁ。

「桜さん、ここから桜ヶ丘までどのくらいですか??」
「桜ヶ丘・・・ですか。京にそのような地名があったかどうか・・・」
「京・・・?ここ、京都なんですか?」
「いえ、京都ではなく、京ですわ」
「京都じゃ・・・ない?」

言葉は通じてるから日本ではあるんだろうけれど。
ということは、ここは、異世界か過去か・・・

四神の神子、ってあの声は言ってた。

四神の神子って、私なの・・・?



「ごめんなさい、ちょっと考えたいことが・・・ひとりにしていただけますか?」
「分かりましたわ。では私は貴方様が目を覚まされたと主に報告してまいります。 何かございましたらお呼びください」
「ありがとうございます・・・」



頭の中が整理できない。

最初、私は井戸の端に座ってて、声がして。

・・・その後、光に包まれた。



「そうか、あの声に呼び寄せられたんだ・・・」



こんなこと、現実に起こりうるんだ・・・
漫画の展開だよ、こんなの。

お尻のポケットを探ると、そこには携帯電話が入ったままだった。 ディスプレイを見ると、圏外のマーク。そして電池の部分は表示されていなかった。

「充電は不要ってことか・・・。時計代わりにはなるかな」

夢にしてはリアルな夢だ。
夢なら、早く覚めてしまえばいいのに。
そう思い、私はもう一度横になり、瞼を閉じた。










それから数時間ほど経ち、部屋の外に気配がすると同時に、「失礼します」と声を掛けられた。



夢じゃ、ないんだ・・・



「あら、寝てらしたんですか。申し訳ありません。主がお会いしたいと申しておりますが」
「分かりました。今行きます」

桜さんに付いて、廊下を歩いていく。

「こちらです」
「・・・失礼します」

「どうぞお入りになって」


中にいたのは初老の女性。
自己紹介を済ませ、他愛のない話をする。 私の世界の話や身の上話を聞かせてほしいと言われ、親を早くになくし、孤児院にいたことや、 義務教育を終え、中学に入り一人で暮らしていたこと、それから大学に進学したことなど、 分かりやすい説明を加えて話をした。 彼女は私に行くあてがないことを知り、自分の屋敷に住むことを提案してくれた。

「でも、そんな・・・。いいんでしょうか・・・」
「ええ。鷹道が申しておりましたの。貴方に触れたとき、貴方の体から八つの玉が出てきたと。 貴方はきっと、京にとって必要な存在。時が来るまで私が守りたいのです」





ひとつだけ、あなたに頼みごとがあるのです。



どうか、私を母、と。





事情は聞けなかった。
聞いてはいけない気がした。
けれど親の愛を知らない、私の親代わりになってくれるという彼女の申し出は、 何だか恥ずかしいような、こそばゆい様な、それでも嬉しい気持ちになった。 私が微笑んで、「私のことも、娘だと思ってください」と言うと、 彼女はとても嬉しそうに笑ってくれた。





今からこのお方が私の母。


あの綺麗な微笑みはきっと、一生忘れられない。





鷹通という母上の甥は夕刻に来るという。
それまでに、私は着替えをすませることとなった。
さすがにこの世界でTシャツにジーパンは目立ちすぎる。

「まぁ、様。変わったお召し物なのですね」
「私の世界では、普通の服なんですよ」
「そうなのですか」

桜さんの手伝いで、小袿を着付けていく。

が、

「お・・・重い・・・」
「慣れないうちは大変かもしれませんね。ご辛抱くださいませ」





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2006/3/19 UP